ハナハナ エッセイブログ

  • モネの睡蓮(4)

    なぜこうも惹かれるのか?絵の抱く抒情故だろうか?

    私自身、昔から抒情的なものが好きだった。

     

    戦後、上野美術館に初めて外国の名画展が開催され本物の絵画に触れた。10代のとき。(戦時下では外国の物、美術も、文学も、言葉さえ、全て封じられ、禁じられた)

     

    会場の中程で、動けなくなってしまった一枚の絵があった。

    まさに魂を吸い寄せられた、という状態だった。
    それは大きな風景画でコローという名を記憶した。
    絵のことはなにも知らなかった。ドガも、セザンヌも、ゴッホも、ルノアールも、画集なども目にさえ触れることがなかったのだ。

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    のちに、その風景画は抒情詩的な情緒性を感じさせ、印象派に影響を与えたバルビゾン派の画家。

    ジャン=パティスト・カミユ・コローと知った。

    私にとって同じく心の琴線に触れるなにか、モネも共通するところがあるのかもしれない。    (終)

  • モネの睡蓮(3)

    昨年、無理な時間を割いてまた此処を訪れたのはその永遠の静寂に身を置きたかったから。

     

    モネはこう書き遺している。

     

    「仕事に疲れきった神経は、そこで淀んだ水に佇む風景に癒されるであろう。そしてこの部屋はここで過ごす者にとって花咲く水槽の真ん中で、安らかな瞑想を行うための隠れ家となるであろう」

     

    1914年〜1918年に及んだ戦争の翌日フランスに「睡蓮」を寄贈することによって、モネはパリの人々に瞑想へと誘う安らぎの場を提供したかったのだという。

    街の喧騒との隔たりの場として此処を創りたかったようだ。

     

    やはり、そこは確かな安息の場であり、浮世から隔絶された空間なのである。

     

    機会があればまた訪れたい場ではある。    (続)

     

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  • モネの睡蓮(2)

    「睡蓮の部屋」は2室に別れ、壁面8枚、全て水と睡蓮が描かれている。

    その音なき壮大さに圧倒され、心を奪われる。巡る池の中に立ち、あるいは座し、空間に溶け込む観客たち。シンと鎮まり咳き(しわぶき)ひとつない。

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    明けやらぬ東の暗渠から西へ、黎明、陽明、夕陽、

    宵闇と、水は色を変え、おびただしい睡蓮の花を浮かべる。そこには高低や遠近はない。

     

    「水平線も、岸辺もなく、波紋によって果てしないすべての幻想」を、モネは表現したといわれる。

     

    広い室内をぐるりと取り囲んだ花々はリズムを創り、空気や空の存在を意識させ、人々は果てしない睡蓮の世界に吸い寄せられてしまう。抒情とシュール、その描き出すものは神秘の空間。無になって瞑想する時間は禅の世界と重なりはしないだろうか。 (続く)

  • モネの睡蓮(1)

    新しくできた池袋サンシャインの屋上に「モネの睡蓮の池」が造られたという。これは是非、是非、行ってみたい。

     

    そこで先月 北青山チャンネルでお喋りしそこなった「モネの睡蓮」。ブログに書くといって止まってしまっていたお話を書いてみようと思い立った。

     

    昨年暮れ、美術展出展のため、パリ行きが決まったとき、その魅力の場所に、スケジュール的にかなり無理でも行くと頑張ったのは、小橋めぐみさんの「恋読」という読書エッセイにモネのことが触れてあって、刺激されたのかもしれない。

     

    何度目だろう。訪れたお気に入りの場所、クロード・モネの館「オランジュリー美術館」。そう、初めて訪れたのは随分と昔。その鮮烈な記憶から記してみたいと思う。

     

    リュクサンブール公園を抜けると小高い森の中にこじんまりした美術館がある。

    下調べも無しに、ただあの絵の実物が観たくて立ち寄ったオランジュリー。

    初めてモネの部屋の入り口に立った時、美術書で見た一枚の絵による、私の常識的な想像は一挙にひっくり返ってしまった。

    額が無い!絵の展示の額がない!

     

    壁画だった!しかも、四面の壁はどこまでも絵であった。床も壁面も装飾なく、白っぽい長い楕円の室内は、丸ごと全部、睡蓮だった。

    一瞬、息を吸うことすら忘れていた。     (続く)

     

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